佐々木基一全集、全10巻完結

(河出書房)

 

第10巻パンフレットより

植松みどり

「美のひと、佐々木基一さん」

 

「道が始まれば旅は終わる

近代文学終刊の日に

1964年8月2日」

 

「近代文学」が終刊となる日に、父、荒正人に頼み、同人の方たちからサインをもらった。そのとき佐々木基一さんが書いた即興の短い文である。200巻まで出したがっていた「近代文学」を、経済的な理由、東大病院入院などの事情もあり、とうとう父が終刊を承諾したといういきさつがあった。当時、戦後文学は失敗だったなどといわれてもいたので、埴谷さんや本多さんなどのサインに見られる、その落胆を押さえかねているようなものと比べて、私には、そのとき佐々木さんの言葉はいかにも無表情、冷淡に思えた。私が大学生のときだった。

子供のころ「近代文学」の人たちについては、わが家を訪れるマスコミ関係の華やかな人たちのものとは異なり、文学一本で立つ生活に苦しんでいることが語られていた。「大切なピアノを売って、田舎に引っ込んだ」「部屋貸しをはじめた」「入院し、仕事ができない。カンパを募っている」などなど。そのうち、彼らが研究の方に重きをおいて大学に職を持つような方向転換もあり、「やっぱり、その方がよかった」と話されていた。だから、終刊のときの雰囲気には、ある種のあきらめも漂っていたのだろう。佐々木さんの文は、落胆ですら知的に動揺せずに説明しようとする意志の表明だったのかもしれないと、あとになっては考えるようになった。

事実、終刊のころが一番悪い時期だったと思う。その後、彼らはみんな「近代文学」を離れ、そこを土台にして自分の生き方を切り開き、戦後文学の存在を証明していったのだから。同人といっても、世間の評とは違って「近代文学」の人たちはひとまとめにはならない、集団にはなれない、激しい感情、感覚の持ち主だった。絶対に妥協しない個人としての強さがあって、かえって互いを評価しているところがあった。佐々木さんは、世の中に素敵な人がいるとしたら、この人だというぐらい芸術、知識、思想、その上、ハンサムな容姿、惹きつける人だった。わが家で、同人に関しての思想的、政治的な闘いなどが語られたことはなかったから、生まれも、育ちも、容姿も、美的経験も正反対の荒正人とどうつながっているのか分からなかった。学生時代からの熾烈な政治的、文学的闘い、その記憶の共有を通して、たとえ佐々木さんの美意識が荒の方向を否定しても、その思想、文章、迫力には脱帽のようなところがあったのだろうか。「荒さんのおかげで『近代文学』が存続できた。自分も」と、ときには躁的に荒れる荒正人の機動力を評価もした。自分の個人的な思想は絶対に曲げず、淡々と主張したかっただろう佐々木さんが、どうしても引き込まれずにはいられない力を荒が強引におしつけていたのだろうか。けれども一番は、佐々木さん自身に自分に対する強い自信があったからだろう。きっとコンプレックスなどとは無縁の自由な人は、自己を曲げないで冷静に物事を見られる場、美的な姿勢を保つ場を、正反対の荒から提供されていたのかもしれない。

 世田谷時代、小田切さんと佐々木さんと荒の、ロシア文学の勉強会のとき、小田切さんと荒のすさまじい激論の間で佐々木さんはそれをどのようにじっと聞いていたのだろうか。この三人が治安維持法にふれ留置され、どういうわけか父親のみ一年近く拘留された。そのときのことを小田切さんは、政治と文学論争、新日本文学会の事件などをも含めて、あとになってずいぶんと情緒的に気にし、特に私の母に同情を示した。この点に関して佐々木さんは淡々としていたが、一方では、父の文学的な功績をいつも口にし、佐々木さん一流の美的サポートの仕方を見せてくれた。

戦前、戦後、文学、政治に厳しい闘いをしていた同人たちは、奥さまを交えたごく普通の会合、旅行、ダンスパーティーや勉強会を楽しんでもいた。みんな知的に、美的に、芸術的に素晴らしい女の人だった。売れない文学者を尊敬し支え創造的な関心を引き出す、そういう人を同人の人たちは選び当てていた。そして、佐々木さん(永井さん)を虜にした夫人も、独特の魅力ある人だった。佐々木さんはあらゆる点で素晴らしい助力をしてくれる、この年上の奥さまに生涯、頭が上がらなかったとか。平野謙と大井広介の奥さまが嫁さんの世話を焼こうとしたと、佐々木さんご本人が書いている。だが、佐々木夫人こそは、結婚相手を探すように彼の母親から頼まれ、結果的にはすべての思惑など蹴散らして二人が結婚してしまったとか。理想に燃えて、文学にのめりこんだ、個としての人間を愛する人たちは、また、当時としては珍しく女の能力を大事にし、活用した。女の力を効果的に使う世界こそが本物になるとしたら、まさにこの点でも佐々木さんは自分の主張を曲げず、美的に完結していたのだと思う。

(和洋女子大学名誉教授 植松みどり)